最寄のJR駅から在来線で輪行開始。新大阪駅で新幹線ホームに乗り換えもキャスターでコロコロとBROMPTONを転がし、以前に比べればずいぶんラクチン。ハンドルを起こした状態で引っ張るのがいいのかもしれないけれど、キャリーバッグをかぶせたままハンドルを起こすのがどうも上手く出来ないので、中腰になってサドルを押すものだから長時間は辛いかもしれない。
満席の新幹線は進行方向最後尾の席を予約していたので、席の後ろのスペースにブロンプトンをおくことができた。キャスターが4つになったことで、勝手に自走してしまうことがあるので椅子の背もたれで押さえつけるように固定した。
岡山駅では新幹線と在来線の乗り換え距離が短く、あっという間に在来線2番ホーム。在来線の車両は結構混んでいて金光駅までの約30分間は荷物が周囲の人の邪魔にならないように気を使った。お金をケチらずに新倉敷駅まで新幹線で行った方が良かったとおもった。
金光駅で下車、BROMPTONを組み立てて、向かうは我が家の墓。メカ好きだった父はこの折り畳み自転車を見たらきっと喜んだことだろう、、、等と思いつつ、短時間で墓参りを終えた。何しろ暑い。次は午後からの同窓会に備えて町中へ移動。昔は栄えた町の旧道を自転車で走ってみると今まで見えていなかった物が見える。自転車でこの町を走るのは実に30年ぶりであった。歴史を感じる町並み、嫌々ながら通った歯医者、すっかり寂れてしまったけれど往時の賑わいを想像させる商店街、よくLPレコードを購入した店、昔から安くて美味しかったたこ焼き屋、きっと入ったことがあるだろう模型店と眼鏡屋が今でも営業しており、そして何度も行った本屋はもう無かった。これまでほとんど感じたことがなかったけれど、いい町だったんだ、と思った。・・・ここが育った町。
温泉で汗を流して着替えて、同窓会の会場へ。会場は、当時禁止されていた部活の打ち上げの現場を先生におさえられて、休部になってしまった因縁の店、清心町の廣珍。もともとラーメンしか食べるつもりはなかったのに、水を入れるグラスが先生にはビールグラスにしか見えなかったようだ。高校の部活の同窓会を企画してくれたH君には感謝。29年ぶりに会って、すぐにあの頃に戻った。何も変わらない、、、仕草も、話し方も、笑顔も。誰かが話し始めたら、つられて他の人の記憶が繋がって、自分の記憶が蘇ってきて、また誰かに繋がっていく。K君のお弁当の記憶は中でも秀逸だったなぁ。
短時間で、思い出話だけの楽しい時間。本当は、今の暮らしはそれぞれいろいろあるはずだけど、美味しいところだけ集めた懐石料理のような時間だった。
二次会は個人宅で行うことになり、Bromptonを車のトランクに入れて運んでくれたCさん、ありがとう。次の同窓会はいつだろう?あまり時間をあけずに集まりたいものだ。
帰りは新倉敷駅から新幹線で輪行。指定席はなんと16号車、つまりホームの端。でもキャスターが付いているからラクチン。車両の中ほどの席だけど、空いていたので隣の席の前にBromptonを置いた。充実した一日だった。走行距離は15キロくらいか。
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